はじめに:予測学の慈悲 —— 疾病予測の底層ロジック
『増删卜易』の知恵において、疾病予測には極めて高い実戦的地位が与えられています。野鶴老人と評釈者は、病を占う目的は恐がらせることではなく、「趨避(すうひ:避けること)」にあると考えました。資料には「聖人が易を作るは、もとより人に趨吉避凶(しゅうきつきょう)せしむるためなり」と明記されています。
疾病予測の核心は、三つの矛盾を整理することにあります。
主役(用神)と病魔(官鬼): 用神は生命力を、官鬼は病状やウイルスを表します。
医薬(子孫)と病巣(官鬼): 子孫は官鬼を剋する福神であり、医師、薬、そして自身の免疫力を表します。
時間(近病)と根基(久病): これは『増删卜易』が生死を分ける上で最も重視する時間の座標です。
本章では、六つの爻位(こうい)を通じて、身体の虚実、寒熱を見抜く方法を学びます。
第一節:生死判断の黄金法則 —— 近病と久病の辨(べん)
これは資料「疾病章第九十九」における最も重要な理論であり、達人と凡庸な占い師を分ける境界線です。
1. 近病(きんびょう)は沖(ちゅう)に逢えば即ち癒ゆ
定義: 「近病」とは、突発的で発症してから日が浅い(通常は三ヶ月以内)病を指します。
ロジック: 近病はまだエネルギーが強く、気血も盛んです。卦が「六沖(りくちゅう)」であったり、用神が「沖(衝突)」されたりすることは、強力なエネルギーが病邪を一気に散らすことを意味します。
実戦的断語: 近病で沖や空(空亡)に逢えば、薬を待たずして治ります。「空」は病に実体がないことを、「沖」は病邪が散ることを表すからです。
2. 久病(きゅうびょう)は沖に逢えば則ち死す
定義: 「久病」とは、慢性病、長年の持病、あるいは体質が極度に衰弱している状態を指します。
ロジック: 久病の人はすでに元気が傷ついており、かろうじて「合(ごう:結びつき)」の力で命を支えています。この時、もし「六沖」に遭ったり用神が「沖」されたりすれば、最後の一糸である生命の根底が散らされ、命が危うくなります。
実戦적断語: 久病は沖と空を忌みます。空は元気が尽きたことを、沖は身体の崩壊を意味します。資料には「久病は沖に逢えば、用神の衰旺を問わず、すべて凶なり」とあります。
第二節:精密なポジショニング —— 用神の選択と病源の対応
資料に基づき、用神を選ぶことが診断の第一歩です。
1. 用神の選択
自占(自分を占う): 世爻(せいこう)を用神とします。世爻は自分の身体です。
代占(他人を占う): 関係性に応じて選びます。父なら父母爻、子なら子孫爻、妻なら妻財爻、夫なら官鬼爻。
2. 五行と臓腑の対応(病源章第百一)
資料は五行の傷つきがどの部位を指すかを詳細に列挙しています。
火: 心臓、発熱、咽の乾き、小腸。
水: 腎臓、寒気、寝汗、膀胱、泌尿器。
金: 肺、咳、喘息、皮膚、大腸。
木: 肝臓、胆嚢、四肢の痛み、驚悸、眼。
土: 脾臓、胃、消化不良、腹部膨満、皮膚病。
3. 六神と病状の様態
螣蛇(とうだ): 動悸、悪夢、神経衰弱。
朱雀(すざく): 高熱、狂躁、うわ言。
勾陳(こうちん): 腫れ、結石、排泄不全。
白虎(びゃっこ): 出血、外傷、骨折、重症。
玄武(げんぶ): 陰虚、隠れた病、うつ状態。
第三節:医薬の選択 —— 子孫爻と延医章
疾病予測において、子孫爻は「医薬」と「医師」を象徴します。
1. 子孫爻の強弱
子孫旺相: 医師が優秀で、薬がよく効くことを表します。
子孫休囚・空破: 現在の治療法が無効であるか、薬が合っていないことを表します。
子孫が鬼(官鬼)に化す: これは凶兆です。副作用が出ているか、医師の誤診で薬が毒になっていることを意味します。
父が子を剋す: 父母爻が動いて子孫を剋せば、長輩の干渉や入院手続き(文書)の遅れが治療を妨げることを表します。
2. 医師の方向と特徴(延医章第百三)
方位: 子孫爻の十二支が指す方向で医師を探すと良いでしょう(例:木なら東)。
姓名: 評釈では、爻の組み合わせから医師の苗字を推測するテクニックも紹介されています。
第四節:鬼神章 —— 心理的要因と環境エネルギーの干渉
1. 官鬼爻の動態
官鬼持世(かんきじせい): 病が身を離れない。自占なら病状が長引き、短期間での完治は難しいことを表します。
官鬼が動いて用神を剋す: 病状悪化の兆し。朱雀を伴えば口論から、玄武を伴えば不潔なものや深い悩みから得た病です。
2. 非物理的要因の判断
資料によれば、医薬が効かず官鬼が極めて強い場合、家宅の風水や精神的なケア(古法では祭祀)が必要な場合があるとしています。
第五節:筆者による深度解析 —— 生死の淵での「生機(しょうき)」探し
絶処逢生(ぜっしょほうせい): 用神が月日で「絶」の地にあっても、卦の中で元神(自分を生む爻)が動いて助けていれば、名医に救われる希望があります。
随鬼入墓(ずいきにゅうぼ)の真偽: 入墓は死ではなく「入院・隔離」を意味します。
近病での入墓:墓を沖し開く日に意識が戻り、快方に向かいます。
久病での入墓:これは真の入墓であり、寿命が尽きようとしているサインです。
用神の化空(かこう)と化退(かたい):
近病の用神化空:病は実体のない「虚」のものであり、空亡を出れば治ります。
重病の元神化退:最も危険なサインです。生命の源泉が縮小しており、徐々に枯れていくことを意味します。
第六節:実戦ケースの解析
ケース1:近病は沖に逢い、薬を待たずして癒ゆ 戌月の辰の日、父の急病を占う。得られたのは六沖卦である「離為火」。
判断: 野鶴老人は「近病は沖に逢えば即ち癒ゆ」と断じ、翌日に完治しました。
ケース2:子孫が鬼に化し、薬石効なし 重病の自占で、薬が効くか占ったところ、子孫爻が変じて官鬼となった。
判断: 薬そのものが病(鬼)に変わってしまったことを意味します。結果、冬に亡くなりました。
第七節:趨吉避凶 —— いかにして生還の窓口を探すか
墓庫(ぼこ)を沖し開く日: 用神が入墓(入院)しているなら、その墓を沖す日が転機です。
空亡を埋める日: 近病で用神が空なら、空から出る日が完治の日です。
剋神が制圧される日: 忌神が強い場合、それを沖し去る日に病状が和らぎます。
第八節:健康予測の十大実戦鉄則(まとめ)
近病は沖を喜び、久病は沖を忌む:生死判断の第一基準。
用神旺相すれば重くとも妨げなし:生命力が健康の基盤。
官鬼持世は慢性病の纏わり:病と人が一体化し、断ち難い。
子孫発動すれば名医門に臨む:福神の力で必ず救いあり。
子孫化鬼は誤診誤薬:医療ミスや副作用に厳戒。
随鬼入墓は神志昏沈:沖開の日に生機があるかを見よ。
反吟伏吟は病勢反復:患者を苦しめ、療養が長引く。
五行は臓腑に対応:発症部位を精密に特定。
六神は症候を記述:患者の精神・物理状態を読み解く。
二つ占って合せて決す:生死に関わる事は慎重に検証せよ。
本章結び
『増删卜易』の予測体系において、健康は孤立したものではなく、身体のエネルギー(用神)と環境・ウイルス(官鬼)の博弈(かけひき)です。子孫爻(医療の介入)のタイミングを観察することで、病状の推移を予知するだけでなく、患者に適切な治療の方向性を示すことができます。これこそが、周易予測学の持つ最も深い人間愛の体現なのです。
